日本画

橋本 関雪

Kansetsu Hashimoto

1883年 − 1945年
絵画研究のため中国、ヨーロッパをたびたび訪れ、とりわけ中国個展には精通していた。関雪という雅号は藤原定家が雪降る逢坂の関を越える夢を見て、その話を聞いた大江匡衡は「関は関白の関の字、雪は白の字。必ず関白に至り給ふべし」と夢占いをし、翌年、兼家が関白の宣旨を蒙ったという故事から父がつけたもの。

代表作
『寒山拾得』1917/ 林原美術館
『玄猿』1933/東京芸術大学大学美術館

略歴

History

1883 神戸市に生まれる。本名は貫一。
1903 竹内栖鳳の竹杖会に入り師事。
1913 文展で二等賞となる。
1916 文展特選受賞。(’17)
1934 帝室技芸員となる。
1935 帝国美術院会員となる。
1945 61歳で死去。