日本画
竹久 夢二
Yumeji Takehisa
1884年 − 1934年
叙情豊かな夢二の美人画は、明治末から大正年間にかけて大いに流行し、とくに青年子女の間でもてはやされた。画壇に属さず、日本画・水彩画・油彩画・木版画等制作を行った。「夢二式美人画」と呼ばれる作品の多くは、日本画の技法で描かれている。恋愛遍歴についても数々の評伝があり、自身の日記や手紙などで語られる愛の言葉は、後世の多くの創作の題材ともなっている。
代表作
『黒船屋』1919
略歴
History
1884 | 岡山県に生まれる |
1901 | 単身上京し、翌年早稲田実業学校専攻科入学 |
児童文学の挿絵や新聞のコマ絵などを描くようになる | |
1931 | 渡米告別展を三越他で開催の後、横浜を出港し渡米 |
1933 | ベルリン滞在の後、ナポリを経由し、神戸に帰国。 その後台湾を訪れ、展覧会を開催 |
帰国後結核を患って病床につく | |
1934 | 49歳で死去 |