日本画

堀 文子

Fumiko Hori

1918年 − 2019年
女子美術専門学校(現女子美術大学)師範科日本画部卒業。在学中に新美術人協会展入選。卒業後新美術人協会会員となる。1974年創画会の結成に参画。(1999年退会)1974年から1999年まで多摩美術大学日本画科教授を務める。2011年に女子美術大学より名誉博士の称号を得る。82歳のときに幻の高山植物ブルーポピーを求め、ヒマラヤ山脈の高地を走破(「アーティストたちの挑戦 ヒマラヤ 高き峰をもとめて 日本画家 堀文子」(NHK収録/放送、2000年)
2001年に病に倒れて以降、長期間の取材旅行に出かけられなくなったことから微生物に着目し、海中に生きる命をモチーフとする作品を発表。自然の中に存在する命や花鳥をモチーフとする作品を多く制作し「花の画家」と呼ばれる。専門の日本画の他、装幀、随筆でも多くの作品を発表している。

略歴

History

1918 東京都麹町区平河町(現・千代田区)に生まれる。
1938 新美術人協会展入選。
1940 女子美術専門学校師範科日本画部卒業。
1952 上村松園賞受賞。
1961 世界放浪の旅へ出る。(~1963年)
1972 国際絵本原画展(イタリア)で絵本「くるみ割り人形」がグラッフィック賞受賞。
1974 創画会の結成に参画。(1999年退会) 多摩美術大学日本画科教授となる。(1999年まで)
1987 神奈川県文化賞受賞。
2000 幻の高山植物ブルーポピーを求め、ヒマラヤ山脈の高地を走破。
2011 女子美術大学より名誉博士の称号を得る。
2019 2月5日死去(享年100歳)

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