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取扱作家

佐伯 祐三

佐伯 祐三Yuzo Saeki
1898年-1928年

フランスを拠点に27年という短い命を制作に注ぎ込んだ、日本を代表する洋画家。
フランスでの制作の足掛かりとして多くの後進が佐伯を慕い、渡仏した。
短い生涯に限らず多く作品を残し、今なおその評価は高い。

 

 

代表作
『ガス灯と広告』(1927)(東京国立近代美術館)
『郵便配達夫』(1928年)(大阪新美術館)

略歴

1989年4月28日、大阪府西成郡中津村(現在の北区中津2丁目)の浄土真宗本願寺派光徳寺の次男として生まれる。 幼名秀丸、父は祐哲ゆうてつ、母はタキ。
1915年赤松麟作(りんさく)の洋画塾に学ぶ。父から医者になることを期待されたが、画家を志望する。
1917年北野中学校を卒業。上京して川端画学校で藤島武二の指導を受ける。秋には岡田三郎助の本郷洋画研究所に学ぶ。
1918年東京美術学校西洋画科予備科に入学。秋には本科に進級、長原孝太郎にデッサンを学ぶ。
1919年池田米子と知り合い、翌年結婚する。
1921年豊多摩郡落合村字下落合(現在の新宿区中落合)にアトリエ付きの家を新築。
1923年東京美術学校西洋画科を卒業。11月26日に日本郵船香取丸で神戸から米子と生まれた娘の彌智子とともに渡欧。
1924年1月3日にパリへ到着。初夏に里見勝蔵とオーヴェール=シュル=オワーズにヴラマンクを訪問。持参した自身の作品を「アカデミック!」と批判される。
1925年サロン・ドートンヌに《コルドヌリ》が入選。
1926年佐伯を迎えにきた兄の祐正とともにパリを出発し、3月15日に神戸に帰着。里見勝蔵、前田寛治、小島善太郎、木下孝則と一九三〇年協会を結成、第1回展に滞欧作11点(油彩7点)を出品。
1927年7月29日、東京を汽車で出発、大阪・下関・関釜連絡船・シベリア鉄道経由で、8月21日パリに到着。
1928年2月に佐伯を慕って荻須高徳・山口長男らが渡仏し、写生旅行をする。3月には雨天での無理な制作がたたり風邪をひき病床につき、翌月症状が悪化する。 6月には突然の失踪をし、自殺未遂を図る。 ヌイイ=シュル=マルヌのセーヌ県立ヴィル・エヴラール精神病院に入院。 8月16日、同病院で死去。30日、6歳の彌智子がオテル・デ・グランゾムで病没。