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取扱作家

猪熊 弦一郎

猪熊 弦一郎Genichiro Inokuma
1902年 - 1993年

略歴

1902年高松市に生まれる。
1912年母が病気がちのため伯母の家に預けられる。この頃、絵画や科学、工作を楽しむ生活を送る。
1921年3月、香川県立丸亀中学校を卒業、上京して岡田三郎助主宰の本郷洋画研究所に学ぶ。 4月、東京美術学校の入試を受けるが、試験開始時刻を誤り遅刻したため、不合格となる。
1922年4月、東京美術学校西洋学科に入学。 7月、下記休暇で帰省中、肋膜炎を患い休学する。
1926年5月、片岡文子と結婚。洗足にアトリエを構える。 10月、帝国美術院第7回美術展覧会に「婦人像」初入選。 この年、東京美術学校を中退。
1936年第二部会の新文展に参加に反対して、同会を脱退。志を同じくする小磯良平らと、新制作派協会を結成する。
1938年靖国丸で横浜港を出航。 パリの45RUE BOISSNADEにアトリエを構える。
1940年6月、ドイツ軍がパリ郊外に侵入。退避命令が出され帰国。
1950年三越の包装紙「華ひらく」を制作。 イサム・ノグチ氏が来日して親交を結ぶ。
1955年長年の画業を見直し、新し発見のためパリへ遊学を決意。アメリカ経由で出発するも活気あるニューヨークに惹かれて、以来20年間ニューヨークにアトリエを構え、創作活動を続けることとなる。
1957年ニューヨークにおいて、日米協会運営委員を帰国するまで続ける。また、同市の日本総領事館の顧問、日本貿易振興会の顧問を委嘱される。
1973年一時帰国中の日本で脳血栓で倒れ、そのまま療養する。
1975年健康を害し、ニューヨークでの活動が困難となったので、アトリエを閉じるためにニューヨークへ赴く。 その後、ハワイで静養する。
1980年勲三等瑞宝章を受章。
1988年妻、文子死去。
1991年丸亀市猪熊弦一郎現代美術館が落成する。
1993年5月17日逝去。90歳。