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作品紹介

猪熊 弦一郎Genichiro Inokuma

古き奈良old Nara
61.0 × 76.5cm
ボード・油彩

1957年作
額裏に、署名・画題・年代

日本洋画商協同組合鑑定証書付
oil on paper
painted in 1957

モダンで優れた色彩と造形センスを持つ抽象画家・猪熊弦一郎。 1902年高松に生まれ、20歳の時に東京美術学校に入学。同級生には、荻須高徳・小磯良平・山口長男らがいた。 1930年代、日本の美術界は思想的な対立が激しく、芸術と政治と社会が大きく揺れ動いていた。 そんな機運の中、1935年猪熊は一切の画壇的な政治や情実を拒否し、〈純粋芸術の確立を期す〉べく新制作派協会の創立に携わるなど、大きな志を胸に秘めていた。 その後、フランスへ留学。ピカソ・マチス・シャガールなどに大きな影響を受ける。 1939年には日本に帰国するも、翌年に従軍。そして終戦を迎える。 終戦後は、その抑圧されていた制作から解放され、色鮮やかな女性像や、子供や猫の絵を描くようになる。 すでにその頃から、ダイナミックな抽象的構成の絵画を描いている。 そして、1955年再度パリへと遊学するために経由したアメリカで、当時のニューヨークを中心とした新しい美術運動と エネルギーに満ち溢れた先端的都市の姿に心を奪われ、 パリへは行かずそのまま20年ニューヨークに定住し、数々の作品を生み出すこととなる。 本作は1957年のニューヨーク時代の初期の作品に当たる。 具象を離れ抽象絵画を描くようになるが、ニューヨークに移って間もないこともあり、日本人という民族の持つ心象表現を忘れまいと心に強く意識をしていた時代であろう。 前年に、現地のウィラード画廊の所属画家となっていた猪熊は、世界と日本の間で悩んだ時にウィラード夫妻より 「日本人であれば、どんな仕事をしても日本的なものが出てくる」とアドバイスをされた。 本作の「古き奈良」はそんな猪熊の心情を表した作品であろう。 奈良の古刹を俯瞰した図と思われる。日本美術の心の原点は奈良にある。 それを猪熊自身が痛感しており、日本人として世界を相手に制作する自身を鼓舞するように、猪熊自身が出来うる表現で日本の美の姿を表した。 それは古刹の伽藍であり、塔があり、金堂がある。原色の色彩を用い自由に絵の具を走らせ、モダンかつダイナミックに描き出している。 猪熊芸術がニューヨークという大都市で培われていく数々の抽象画の礎のような作品である。