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作品紹介

長谷川 利行Toshiyuki Hasekawa

男の顔portrait
53.0 × 33.3 cm
油彩・キャンバス
oil on canvas

展覧会出品歴/Exhibited

1979年 「放浪の鬼才 日本のゴッホ」長谷川利行展 (主催:中日新聞社 / 会場:松坂屋本店 (名古屋) )出品作


京都に生まれた長谷川利行は、小説、詩、短歌に親しんだ文学青年であった。 独学で油彩画を始め、30歳の時に上京。関東大震災を機に一度、京都に戻るも大正15年には再び上京しする。 定住をせず、絵を描き放浪を続け昭和15年、49歳で生き倒れこの世を去る。 描いた絵を誰彼構わず、売りつけてはお金に変え、酒を飲んでは絵を描く。見事なまでの放蕩画家であった。 しかしながら、二科会で将来を嘱望する新人に送る樗牛賞を受賞するなど、その絵画の才能は多くの人を惹きつけ、認められた。 同時代を生きた、熊谷守一は利行についてこう述べている。 「現在の画家は他に職業を持って絵を書いているが、昔は他に職業を持つと絵がヘタになると言われた物だ。長谷川はその純粋性を保ったとも言えるし、またあの時代だったからこそ、長谷川のような生き方が可能だったのではないだろうか。いずれにしても長谷川はあの時代の生んだ特異な才能であり、人間としても画家としてもまことに個性的な存在であった」 あの放蕩生活は利行の純粋性を保つための、哀しさでもあったのであろう。 だからこそ、彼の絵は人を惹きつける何かがある。 そんな作品の魅力に惹かれた若い画家たちが、グループになって利行と交流をしていた。 「彼は誰からも好かれた。いわば人生の苦しみを超えた気楽に付き合える神様のような存在であった」と一時、利行と同居をしていた画家仲間の田中陽は残している。 利行は行き倒れたためその作品は点在している。 前述した通り、作品はお金に変えたり、お礼がわりに多くの人に与えている。 そのため、肖像画も多く描いた。本作は画家の仲間の肖像と推測されている。二科会の仲間の顔や、靉光などの肖像画は後世に伝わり有名である。 また、頼まれて描いた肖像画があまりにも酷いので、依頼主がその場で破り捨てたという逸話もある。それに比べると、本作は利行の思い入れが強く伝わってくるような作品である。 鋭い眼差しが凛々しい精悍な顔立ちの男性。それに伴うように、利行の筆致も力図よく、また朱色や黄色がインパクトを強め、日本のゴッホと呼ばれる所以を強く感じる情熱的な色使いがなされている。 この人物が絵の仲間であったのならば、おそらく利行はその人物の内面を良く見ていただろう。 また先々の活躍を願ったに違いない。そんな利行の思いが、絵から伝わってくるような熱情の籠った力溢れる「男の顔」である。