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作品紹介

難波田 龍起Tatsuoki Nambata

ひらくHiraku
27.0 × 22.6 cm
キャンバス・油彩

1961年作
裏に署名・画題・年代
oil on canvas
painted in 1961

日本の抽象絵画を語る上で、重要な位置を占める画家に難波田龍起がいる。 戦後、世界的に抽象画を描く画家が多く現れた。芸術の都として栄えたフランスは元より、新たな美術運動の中心となったニューヨークを筆頭に、絵画が抽象主義化したこの出来事は非常に同時多発的な事象であった。 日本で「抽象絵画」が熱を帯び出した、いわゆる「アンフォルメルショック」という一大ブームが起きたのは、1956年から翌年にかけて東京、大阪、京都、福岡を巡回した『「世界・今日の美術」展』がきっかけである。アメリカ・イタリア・フランスより47名の画家の作品が展示され、海外における抽象主義化した美術動向が大きく日本に披露された。この一大ブームは、日本人の画家たちに多大な影響を与え、日本画家までもが抽象画を描くようになるなど、一大ムーブメントになった。  難波田龍起も具象絵画を経て抽象絵画を志向したが、それは戦後まもなくであり、アンフォルメルショックが起こる前のことである。詩人であり彫刻家の高村光太郎に知遇を得て、文学を好み、人生観に詩的な要素を持ち合わせる難波田青年が抽象画を描き出したのは紛れもなく、必然のことであろう。難波田は「絵画はあくまで精神的なもので、内面的な表現でなければならない」と語っている。つまり、小手先の仕事ではなく、内面から絞り出さなければならないということだ。  本作は1961年の作で、いわゆる画面に筆で直接描かず、上部から絵の具を垂らしこむ「ドリッピング技法」で描かれた作品である。アメリカの画家・ジャクソンポロックもこの技法で抽象画を描いている。下地に隠されたように出ている、赤・青・黄色といった原色を抑え込むように、エナメルの黒が、不規則な鋭い線となって画面を支配している。難波田龍起の厳しい動きを感じる抽象画は、60年代から70年の初期と言われるこの時代に完結する。画面の中で、難波田の内面からほとばしる激情が色彩と動的な線となり、混沌とした世界の中で何かを生み出そうとしている、まさにその瞬間のような作品である。