作品紹介

スペインの男

没後30年にあたる2015年に行われた鴨居玲の回顧展は、その画業を観るために多くの人が足を運び、一枚一枚に足を止めて見入る姿が記憶に新しい。鴨居玲は、人間という混沌とした多くの要素を孕んだ複雑な存在を描き出した孤高の画家である。その画風は暗く重厚で、人間の真相を捉えた作品が多く、時には目を背けたくなるような、暗さや哀しさといった誰もが持ち得る深い闇の部分を嘘偽りなく、独自の感性で描き出した。

1971年自身の制作に活路を求めるように、鴨居はスペインに渡る。そして、ラ・マンチャ地方の小村のバルデペーニャスに一軒の家をもとめ、村人たちとの生活を始めた。鴨居はその地を「私の村」と呼ぶほど気に入った。その間に触れ合った村人たちは、数多く作品に残されている。

陽気で人間くさいほど飾り気のない村人たちの姿は、絵画の中で躍動していった。そしてそこから敢えて離れるように、鴨居は9ヶ月でスペインの生活を終え、1974年にパリに移り、終焉となった神戸に戻るまでの2年4ヶ月を過ごす。

本作は、パリ時代最後の年1976年に描かれている。神戸に戻った鴨居は「私の村」の人々を描かなくなった。そこから、制作と自我に苦しみ悲劇的な最期を迎えることになる。「私の村」の人々は鴨居にとって、楽しかった記憶の一つでもあるだろう。筆が走り、人間の姿を追い求めるような熱情を感じる。描かれているのは、バイオリンを持ったふくよかな村人である。歌い、陽気に踊る村人たちにとって欠かせない人物であったのだろう。宴に来いよと声をかけてくるようだ。鴨居はこの老人を度々描いている。鴨居の代表作である『1982年、私』。「もう描けない」と訴えかけるような眼差しで真っ白なキャンバスの前に座る鴨居を、今まで描いてきた人物たちが取り囲んでいる絵である。そこにもあの老人は登場する。陽気に歌い出しそうな表情で鴨居の近くに立っている。

わずか9ヶ月しかいなかったスペイン時代の印象があまりに強いのは、鴨居にとってそのスペインで過ごした日々の記憶と制作が一番の輝きを放っているからなのだろう。鴨居が慕った村人たちの姿が強く訴えかけてくる。

 

(た)

*アートフェア東京2018に出品します

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鴨居玲

『流し』

53.0×45.8cm (10号)

キャンバス・油彩 1976年作

鴨居玲画集(日動出版)掲載作品