作品紹介

孤愁の人 (難波田龍起 / 孤愁)

 

難波田龍起は、1905年北海道旭川に生まれる。翌年一家で上京。8歳の時に引っ越した駒込林町の家は高村光太郎の裏隣であった。

難波田龍起にとって、高村光太郎との出会いは一生涯を支えたものであった。自身の詩作を持って度々光太郎を訪問、多くの薫陶を受ける。光太郎が翻訳した『回想のゴッホ』に影響を受け、1927年仏蘭西洋美術展で実際にゴッホの『鰊』を見て感動し、画家を志すようになる。

『芸術は生の表現であると思ふ。生きんとする人間意欲の表現であると思ふ。破壊に瀕した自己の個體をいつも救済したのは芸術生成の思想であった』と難波田は残している。

92歳まで生きた難波田であったが、21歳の時に親友を山岳事故で亡くし、69歳の時に長男を70歳の時に同じく画家であった次男・史男を相次いで亡くす。多感な難波田にとってこれほどの衝撃と悲しみはなかっただろう。

生きることと死ぬことは常に表裏一体であり、それが芸術の糧であった。具象絵画を描いていた時には、合わせて詩作を必要とした難波田は、抽象絵画を描くことで、絵画の制作と詩作を合わせて表現ができるようになったという。戦後、具象絵画を離れ抽象絵画へ転向し、絵画はあくまでも精神的なもので、内面的なものの表現でなければならないとした。

また、精神の産物であるマチエール(作品表面の肌合いのこと)がなければ、抽象絵画はデザインとなってしまうと強い危惧を持っていた。

本作は晩年、88歳の時の作品『孤愁』である。薄塗りの軽やかなタッチで描かれているが、作品には質量が詰まっている。

そしてどこかに人間的な愛嬌を感じる。抽象絵画は画面上の動きと、容易に汲み取れない内容が魅力である。

作品から受ける最初の印象を手がかりに見つめ続ければ、伝わってくるものが必ずある。それが、難波田が作品に秘めた内面の世界である。

 

(た)

 

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難波田 龍起

『孤愁』

22.8×16.0cm

キャンバス・油彩 1993年3月作